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店主の妄想
瀬戸内海の小さな島古里島


古里島

今日もようやく中学校の剣道部の練習が終わった。
剣道は面白いが特別好きな訳ではない。
ただ体を動かし懸命になっている事が青春で、美しいのうと思っていた。
来週美島(うつくしじま)で剣道の試合があると顧問の先生から告げられ、部員たちはそれなり
に集中して練習をしていた。
「おい林これからワシの家に来ないか。試合の防具を機動隊に借りに行かんといけんけー。少
し付き合えや。」
「ええで」
桂君からの誘いである。
裕福では無い貧しいクラブで、防具は二つしか無い為、試合の時は機動隊にお世話になって
いた。
実力はといえばかなり低いレベルでとても自慢できる代物ではない。
二人は校門を出て頑張ろうなどと話しながら桂君の家に向かった。
まじめな中学生である。
オニヤンマやシオカラトンボが飛んでいる。
蝉の鳴き声も大きくなって来た夏休み前の暑い季節である。
全部員が使っている防具の酸っぱい強烈な匂いがまだ残っていて気持ち悪い。
「あの面は汗臭くて何とかならんかのう。ほんま気絶しそうじゃ」
桂君の家に着くと、桂君のお姉さんがいて、こちらを覗っている。
「名前は」
「はい林です」
「弟と同じクラス」
「はい」
「剣道面白い」
「はい」
桂君が「おまえ何緊張しとるんじゃ」
僕が赤くなり黙っていると、お姉さんが少し笑って、新聞を読み始めた。
竹刀が痛んでいるので二人で広島屋という武道具店に行ってみることにした。
「ごめんな。姉ちゃんに質問されると先生と話しているみたいで皆上がってしまうんじゃ」
「いやワシがびっくりしたんが悪かったんじゃけー」
二人は竹刀の竹片を買い、広島駅近くの猿猴川の袂でぼんやり流れを見ていました。
美島での試合はお寺の境内で行われ試合が終わると同じ場所で一泊することになっていた。
「あそこに泊まれるお寺有ったかのう」
「まあ行って見れば分かるじゃろう。心配はいらんわ」
小柄な僕は「他の学校のやつら強いんじゃろうか。負けとうないけーワシは作戦を立てて戦うん
じゃ。まずは小手狙いで相手に踏み込ませないようにして、じれて出て来たところを出小手で
決めるんじゃ。」
「こまいお前には良い作戦じゃ」
「おまえはどうするんね」
「まだ考えてない」
赤い夕日が二人を照らし始めた。
「なあ桂、広島には良い歌が無いのう。大阪には月の法善寺横町、東京には二人の銀座、横
浜はブルーライト横浜、京都は京都の恋とかいっぱいある。八丁堀とか流れ川あたりの歌があ
ったら良いんじゃけど。そうじゃ最近拓郎とかゆうやつが、本通りでライブをやって人気が出て
きているらしい。何でもボブディランに、かぶれとるらしい。拓郎に期待でもするかのう」
「ワシはppmが好きじゃけーどうもそいつは期待できん。日本では小室等じゃ」
「ワシはジョーンバエズじゃ」
「それなら良子ちゃんじゃろうが」
「ワシの女神様を気安く言わんといてくれ」
夕日が真っ赤になってきた。二人は青春じゃのうと何度もいいながら肩を組んで歩いた。
帰りにもう一度桂君の所にお邪魔した。
桂君のお父さんが機動隊に防具を借りにいって頂けることになった。
桂君のお姉さんが心配して「どこへ行っとったんね。試合はどこでやるんね」と聞いてきた。
「美島のお寺じゃ」
「えっ、いやウチもあそこには行った事が有るけど・・・・」
「なんじゃー」
「いやもう忘れてしまったけど、不思議な感じの場所があるんよ。いや良いんじゃウチの勘違い
じゃけー」
「なんか気になるのー」
「それより二人共勝ってきんさいよ。広島の男は負けたらいけんよ」
あっという間に試合当日になった。
マネージャーさえ在籍しない部員五人だけの小集団は広島駅に集合し、広電で美島口を目指
した。
防具袋も無く裸のままの防具を竹刀でぶら下げ、剣道着に袴、下駄履きという姿でいざ出陣。
自分達は、まあまあイケてるかなという出で立ち。
着替えを入れたナップサックが少しかっこ悪く思えた。
暫くすると海が見えて来た。
無数の島々と牡蠣のいかだのあるのどかでゆったりとした風景は、いつも見ている風景なのに
懐かしく感じる。
「ワシは大きな太平洋の方が好きじゃ。ヨットでアメリカまで行くのもすごいよな」桂君が言った。
「ロマンじゃのう。でもワシは瀬戸内海大好きじゃ」
美島口から船で美島に向かう。
波は穏やかだが潮の流れが速い。
風が僕達を優しく撫でて心地よい。
十五分もすると、美島の桟橋に到着した。
試合場であるお寺はすぐに見つける事ができた。
腹が減っては戦は出来ぬ、試合前の腹ごしらえ境内で弁当に食らい付く。
試合は十二チーム参加で中学に高校生も混じってのトーナメントである。
僕らの出番は後の方で、試合まで審判の手伝いで時計係りを務める事になった。
他のチームの実力を観察するには持って来いの係りである。
さすがに高校生ともなると、大きくて動きも早くて、僕達とは大人と子供だ。
僕達の相手は幸い中学生だ。
とはいえ、高級そうな防具を身にまとった、がたいの良い強そうなチームだ。
いよいよ試合の時間となり、いざ勝負。先鋒のあきらはあっという間にまけ。
次鋒は広ちゃん、試合の途中に倒された。健闘するも負け。
「あいつ、つばぜり合いの時審判に見えないようにアッパーカットで殴ってきた。気をつけろ」
「卑怯な奴め、ワシがやっつけてやるけー」
中堅の僕は頭に血が登りながらも、びっくりするほど冷静だった。
長身な相手だった。たぶんこいつは面を狙ってくるだろう。
剣先を下げて待っていると来た。抜き胴決まり。
また少し冷静になった。
二本目はワシの得意な抜き面で決めてやる。
相手はあせって攻めて来て、卑怯なパンチで来るかもしれない。
早めに決着をつけてやる。
小手を打って来いと待っていると案の定、抜き面の決まりだ。
決まった後、体当たりをしてきた。
見苦しいやつである。
副将は上田君、体力的にはハンディのある相手だが何とか頑張って一本勝ち。
大将は最も期待の持てる桂君である。
こんな卑怯な連中に負けるなと叫びたかったが、剣道は神聖な戦いなのでファイトと応援した。
大将戦は向こうも堂々と戦ってきた。
緊張した張り詰めた空気の中の戦い。
しびれるのう。
これが日本の礼儀正しい戦いじゃ。
二人の呼吸が伝わってくる。
そんなに激しい動きをしてないが、この神経戦はかなり消耗する。
桂君の呼吸が荒くなってきた。
ワシも経験あるけど今打ち込まれたら手が動かない負けるそんな状態だ。
ファイト。
残念ながら面を決められ負けてしまった・・・
皆で海を見つめていた。
「悪かったのう、ごめんのう」と桂君が言う。
「何を言うとるんじゃ。連帯責任じゃけー、皆仲間じゃ」
「ワシら男になれんかったのー」
赤い夕日が空の青と混ざりあって、瀬戸内海の島々を美しく染め上げている。
「でっかいのう太陽は」
「青春じゃ」
いつもの文句で僕たちは、映画の主人公にでもなったような錯覚に酔っていた。
お寺の夜は暑くてとても眠れるといった雰囲気ではない。
桂君と僕は涼を求め桟橋に行く事にした。
「林お前夢はあるか。なんかなりたいもんあるんか」
「そがいな事分からんわ。まずは高校行って行ければ大学に言ってその間に何とかなるじゃろ
う。桂は何かあるんか」
「ワシはそれを考えると怖いんよ。どこか遠くへ北海道でも逃げて行きたくなる。どうなるんじゃ
ろうか」
「未来のワシが来て、そっとアドバイスをしてくれたら良いのにのう。でもワシはこの瀬戸内海が
好きじゃけー少しじゃったら大阪くらいに冒険しに行っても良いかのう」
「ワシらには運命でどうなるか決まっとると思うんじゃ」
「ほうかも知れんな」
「度胸試しでもするか」
二人は細い道をたどり山の方に向かって行った。
道にはようやく歩ける程度の灯りが寂しくゆれていた。
「おいトンネルじゃ」
「じゃんけんじゃ、負けたもんが、行って来る事にせんか」
「よし」
「じゃんけんほい」
なぜ何時も僕は最初にチョキを出すのだろうか。
最近負けが多いと思うが、頑固に同じ事をしたお陰で僕が行く事になった。
おそるおそる突入する事にした。
入り口は少し明るいが進んでいくと何も見えなく、この小さなトンネルはかなり不気味だ。
ここで引き返す訳にはいかない。
ワシは広島の男じゃけー。
男じゃ男じゃと繰り返しながら進んで行った。
何か明かりが見えて来た。
ようやくトンネルを抜け出せそうだ。外は思ったより明るい。
というかまだお日様が沈んでいない。
空が茜色に染まって、まさに夕暮れ時だ。
目の前には美しい磯が広がっている。
以前来た事がある様な気がするしとても懐かしく感じる。
磯には亀の手がいっぱいへばりついている。
イソギンチャクと海草の間をデビラやギザミやハゲが何匹も泳いでいる。
指をイソギンチャクに差し込むとキュキュと泣くような音がする。
「助けてー」女の子の声だ。
潮が満ちてきて取り残された様だ。
そんなに深い海では無さそうで泳がなくても助けられそうだ。
下駄を履いたまま海に入っていった。
服はずぶ濡れになったが、女の子の居る磯までたどり着いた。
「おんぶして上げるから背中に乗って」
「早く」
「恥ずかしい」
「早うせんと帰れんで」
ようやく言うことを聞いた女の子をおんぶしてゆっくりと岸に向かった。
安心したのかしくしく泣いている。
「もう大丈夫じゃ、泣かんでええ」
落ち着くのを少し待った。
「ウチ、アメフラシが、おったんで遊んどったら帰れんようになった」
「気をつけんとだめで」
「助けてもろーて有難う。ウチ玉枝といいます。玉と呼んで下さい」
大きな眼で僕を見て笑顔を見せた。
「ワシは林じゃ」
暗くなる前に玉ちゃんを家まで送っていく事にした。
家は小さな山を越えた所らしい。
頂上に着くと集落がありその向こうに、海が広がっている。
暗くなって来たので良く分らないが夕ご飯の匂いのする懐かしい風景だ。
「ここは美島のどこらになるんじゃ。」
「違うけー、古里島じゃ」
「変じゃのー」
「帰ったら怒られるかな」
「わしが付いていってやるけー」
案の定、家の着くと大騒ぎになっていて、玉ちゃんはこってりと怒られていました。
「お兄さん、よう助けてくれた。ほんまに有難う。あれじゃったら今日は泊まっていきんさい。
御礼もしたいし」
「僕は林と言いましてトンネルのむこうから来ました」
「あそこは明日にならないと通れんよ」
玉ちゃんのお父さんに言われ僕は桂君の事が気になったが、泊めて頂く事にした。
「おいでませ。まあ風呂でも入ってつかーさい。服も乾かさんと」
お母さんの勧めでお風呂をいただく事にした。
「湯加減はどう。温うないね」
玉ちゃんが薪で五右衛門風呂を暖めてくれている。
「ああ、ぶち気持ちええ。玉ちゃんは何年生」
「ウチは二年生、近くの小学校に通うとる」
何故か分から無いがこの風呂の匂いがとてもとても懐かしく思える。
風呂から上がると夕飯が用意されていた。
鯛やヤズ、サザエ、アワビのお造り、瓜と茄子のぬか漬け、暫くすると太刀魚の塩焼き、メバ
ルの煮物までが出てきた。
玉ちゃんのお父さんは漁師で顔は潮焼けして海の男だ。
豪快にお酒を飲んでいた。
「やっぱり魚は一本釣りじゃ、網なんか使わん。
腕一本で釣って来た魚じゃ。うまいじゃろう」
「はい。ぶち美味しいです」「どうじゃ酒でも飲まんか」
「あんた、だめじゃまだ子供じゃけー」
「ワシは子供の頃から飲んどったわ」
小さなお猪口一杯だけ頂いた。
何と甘くて美味しい飲み物があるんだろう。
体も熱くなって来た。
おじさんは少し火照って来てご機嫌な顔でこの島の事を話してくれた。
「もう五百年以上昔、この島は争い事の無い平和な時代が続いとったんじゃが、ある冬の寒い
日、西の方から大きな船で海賊がやって来た。
海賊は島中の家を襲って、金目の物を奪い、酒を食らい、挙句の果てに若い娘達を連れ去っ
たんじゃ。
長をはじめ島民は島の神様にお祈りした。
どうぞお助け下さい。
暫くすると夜では無いのに空が暗くなり、雷がなり響き風が強くなり、海賊船はあっと言う間に
沈みかかった。
娘達は海に浮いている木に向かい飛び込んだ。
海賊船は沈んでいった。
そこへ大きなフカが現れ娘たちがつかまっている木を引っ張り島まで導いてくれたんじゃ」
皆は大喜びをした。
早速島の女神様にお礼をせねばとお供え物をして御礼を申し上げた。
その夜、長の夢に島の女神様がお出ましになったんじゃ。
「私の愛しい子供達よ、皆で力を合わせてお前達自身で幸せになる事が大切です。
工夫して強く生きて行くのです。
他の島もと仲良くするのです。
私はいつでも皆を見守っていますよ」
翌日長は女神様のお告げを島の者達に話し皆で三つの約束事を決めたんじゃ。
一つ、男は武道を学び早い潮の流れににも負けず嵐でも舟を操る技をみにつけ島を守る事。
他の島の人々に危害を加えてはならない。
二つ、隣の連山島の人々は大事にしてお互い助け合っていく事。間違っても悪口を言ってはな
らない。
三つ、若い者が多く集まる島になるよう皆で工夫する事。そうすれば皆が幸せになるんじゃ。
それから皆は頑張ったんじゃ。
特に三つめの教えは口説きの踊りとなり、近隣の島の若い者達が踊る為に多く集まるようにな
り、島で暮らす人達は増えていった。
老人たちも幸せに暮らせる島になったんじゃ。
今ではお盆の時に踊るんじゃ。
「歌おうか」
「聞きたいお願いします」
「ハーヤエー国の始まりゃー・・・」
おばさんと玉ちゃんがヨーイヤセーヨウイヤセと合いの手を入れて踊り始めた。
おばさんが「あんたも踊りんさい」
玉ちゃんが僕に扇子を二つ持って来た。
おばさんに教えてもらい、扇子を持って踊った。
何か懐かしくいつまでも踊っていたかった。
何かに引きよされる様に無心で踊っていた。
世もふけてお開きとなった。
少しのお酒と踊りの疲れでうとうとしていた。
「林さん」
「おう玉ちゃんか」
「少し話をして良い」
大きな目で僕を覗き込みながら
「広島から来たんじゃねー。広島の事を教えて。ウチいつか行って見たいと思うとるんじゃ」
「広島は電車、バス、車が沢山走っていて人もいっぱいじゃ。東京オリンピックの聖火が来た時
なんかはすごい人じゃった。でもここと同じで海はきれいじゃ」
「玉ちゃんが喜びそうな話、そうじゃ福屋に行くと良い。地下から上は十階くらいの中に、食べ
物や服、化粧品なんか何でも売っている。屋上に行くと飛行機が回っていて人が乗れるんじ
ゃ。お腹が空いたらランチがある。玉ちゃんにはお子様ランチが良いかな。赤いスパゲティに
ハンバーグと目玉焼き。オムライスには旗が付いいてナイフとフォークで食べるんじゃ」
「美味しそう」
「その後にソフトクリームを食べるんじゃ。白いのとチョコレートがある」
「ウチも食べてみたい」
「お城もある。てっぺんに上がると殿様になった気分じゃ」
「玉枝明日早いんで、もうねんさい」
玉ちゃんはまだまだ起きていたかったみたいだけどお母さんに言われてしぶしぶ自分の部屋
に帰って行った。
「林さんワシら漁で明日早いんでもう寝るけー。明日会えんけどまたおいで。本当に有り難う
ね」
翌朝起きると誰もおらず、ちゃぶ台の上の虫除けネットの中には茶粥と、瓜の糠漬けと豆腐と
あげの味噌汁が用意されていた。
顔を洗って有り難く頂いた。
もう十一時だ。
この島を少し歩いてみる事にした。
波止に向うとその先に学校が見えてきた。
どうやら小学校と中学校が一緒になった学び舎らしい。
中に入ると校舎の二階から僕を呼ぶ声がした。
「入っておいでよ。今休み時間じゃけー」
玉ちゃんの誘いで二階に上がって行った。
中学生らしい二人と玉ちゃんがニコニコしてやって来た。
「ワシは次郎、玉枝が世話になったそうで有り難う」
「ウチは礼子よろしく」
二階からは穏やかな海が見えて何か安心する。
次郎君が近寄って来ていきなり僕に抱きついてきた。
「今日会えて嬉しいよ。ワシの事忘れんで覚えとってよ。これからずっと友達じゃけー」
思いっきり抱きしめられた。
今度は礼子が来てまた僕に抱きついてきた。
「ウチの事も覚えといてね。これからずっと友達じゃ」
僕が戸惑って「宜しくお願いします」と言うと二人はガッツポーズをして笑っていた。
横で玉ちゃんが大きな目を輝かせて僕を見ていた。
授業が始まるチャイムが鳴った。
三人は大きく手を振りながらそれぞれの教室に帰って行った。
いったいこの人達は何なんだろう。
風が潮の香りを運んで来て気持ちが良い。
校舎の二階からとなりの島が見える。
あれが連山島だろうか。のどかだ。
これがワシの瀬戸内海じゃ。
ぼちぼち戻る事にした僕は昨日と同じ道を引き返して行った。
トンネルは何も変わった様子は無く静かだ。
変な事が起きなければ良いが。不安な気持ちで突入。
ゆっくりと歩いて行くと昨日と変わらない景色が近づいて来る。
外は暗い夜だった。
「おい林どうじゃった」桂君の声がする。
僕は今までの事を一気に話すと、桂君は不思議そうに僕を覗き込んだ。
「ちーと頭がおかしゅうなったんじゃないか」
どうやら最初にトンネルに入って出てくるまで、数分しか経過してないみたいだ。
二人は黙って宿泊先のお寺に戻った。
今日はもう寝よう。
その日はとても深い眠りでゆっくりと眠れた。
いつもと変わらない広島での生活がまた始まった。
「古里島の事は夢じゃったんかろうか。
自分でも分らんようになってくる」
部活の帰りに桂君の家にお邪魔した。
家にはお姉さんが居た。
「いらっしゃい。
試合負けて男になれんかったんね」
「はい」また緊張してきた。
桂君が「こいつ変な事を言うんじゃ。
古里島がどうのこうのとかおかしいんじゃ」
お姉さんは僕の方をゆっくりと見て静かに話し始めた。
「ウチも林君みたいにトンネルの夢を見たことがあるんよ。学校の二階で男の子に抱きしめら
れた事があった。ウチは何するんじゃウチは西郷輝彦命じゃと言ってやった。その男の子はワ
シら友達じゃと言って優しそうな顔で笑っていたような気がする。夢じゃと思う。でも懐かしい暖
かい風景じゃった」
「何じゃたんじゃろうか」
「何じゃろうね」
桂君のお姉さんは穏やかな顔で遠くを見ていた。
あの牡蠣のいかだのある、のんびりとした海の風景の中あの人々は、僕が生まれる前から僕
と一緒に居たような気がする。
「これからワシの人生に現れてくるんじゃろうか、それとも忘れてしまうんじゃろうか」
「桂君ワシら青春しとるかのう」
「青春しとるとも」
二人はいつもの青春じゃを何度も繰り返した。
ワシの心の中に古里島がずっとやっどて居ますようにと。